銀河とは?/ ディック
[ 102] 銀河 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8A%80%E6%B2%B3
|
現在の記事題名が正しいとは限りません。ノートで合意が形成されるなど、保護を解除できる状態になった場合、保護解除を依頼してください。 この項目では天体について記述しています。その他の用法については銀河 (曖昧さ回避)をご覧ください。 銀河(ぎんが、galaxy)は、数百億から数千億個の恒星や星間物質が重力的にまとまってできている天体である。小宇宙あるいは島宇宙ともいう。 夜空に見える天体には恒星や惑星などの点光源の天体と、それらとは異なって雲のように面積を持って広がった天体とがあることが古くから知られていた。後者には、現在で言うところの散開星団・球状星団・散光星雲・銀河など様々な天体が含まれているが、その正体は長く明らかになっておらず、星雲 (nebula) と総称されていた。 1600年代初めに望遠鏡が発明されると、イタリアのガリレオ・ガリレイは自作の望遠鏡で様々な天体を観察し、それまでの宇宙観を覆す多くの発見をした。その一つに、天の川が恒星の集団であることを発見したことが挙げられる。この数年後の1612年にはドイツのシモン・マリウスが我々の銀河系の隣の銀河であるアンドロメダ銀河 (M31) を初めて望遠鏡で観測しているが、当時の望遠鏡ではこの銀河の個々の星を分解することはできなかった。 1755年にはドイツのイマヌエル・カントが太陽系からの類推を元に、天の川はたくさんの恒星が重力で回転している天体で、これを内側から見ているために天球上で帯状に見えているとする説を提案した。さらにカントは、星雲のうちのいくつかは我々の天の川と同様の天体が遠方にあるものではないかと指摘し、それを指して島宇宙と称した。 1764年から1784年にかけてフランスの彗星捜索家シャルル・メシエは、星雲と呼ばれていた雲状の天体を彗星と区別するためにメシエ・カタログと呼ばれる星雲のカタログを発表した。この時代でも、星雲はもっぱらその形態で分類されるにとどまり、その性質の違いや距離などについてはまだ分かっていなかった。 1788年にイギリスのウィリアム・ハーシェルは、夜空の星々の数をあらゆる方向について数え、暗い星ほど距離が遠いという仮定を用いて恒星の空間分布を求めようと試みた。その結果、恒星は天の川に近い領域ほど数が多いことを発見した。これによって、カントが唱えていた通り、天の川は我々の太陽系を含む円盤状の恒星集団(銀河系)であるらしいことが明らかになった(パーシェルの銀河) 1840年代にはイギリスのロス卿が口径72インチの大望遠鏡を建設し、これを用いて様々な天体のスケッチを残した。彼はりょうけん座の M51 が渦巻状の姿をしていることを発見した。彼は星雲の中に同様の渦巻状の天体が数多く存在すること、一方でそのような特徴を持たない楕円形のものもあることを発見した。 20世紀に入ると、パーシェルの研究を引き継いで、我々の天の川の形とその中での太陽系の位置とを正確に決めようとする試みが行われた。1920年にはオランダのカプタインがパーシェルの手法をより洗練させた観測を行い、銀河系は直径約15kpcの楕円体で、太陽はそのほぼ中心にあるとする説を唱えた。一方、アメリカのシャプレーは球状星団の空間分布がいて座の方向に集中していることから、銀河系は直径約70kpcの平らな円盤で、太陽はそのはずれに位置すると主張した。実際には星間塵による光の吸収の効果を考慮していなかったため、銀河系の大きさについての推定はどちらも正しい値ではなかったが、太陽系が円盤状の銀河系のはずれにあるというシャプレーの描像は今日でも正しいとされている。 また20世紀には、ロス卿が見出した渦巻星雲や楕円型の星雲の正体も明らかにされた。1912年にはセファイドと呼ばれる変光星の絶対的な明るさと変光周期の間に一定の関係があることが発見されていた。この周期-光度関係を用いると、星団に含まれるセファイドを観測すれば星団までの距離が測定できることとなる。当時、いわゆる渦巻星雲が銀河系内の天体か銀河系外の天体かについては依然として明らかになっておらず、これをめぐって1920年にシャプレーとカーティスの間で公開論争が行われたほどであったが、1924年にハッブルがアンドロメダ銀河 (M31) の中にセファイドを発見し、それによってM31までの距離が約90万光年であると計算された(その後、セファイドに2つの種族があることが判明したため、この距離は現在では約230万光年に修正されている)。この値は当時知られていた銀河系の大きさに比べて十分大きな値であったため、M31が銀河系外にある天体であることが確定した。これによって、M31と同様の渦巻銀河は全て銀河系外の天体であるという描像が定着した。 1944年には、オランダのファン・デ・フルストによって、中性水素原子が波長21cmの電波(21cm線)を放射することが明らかにされた。この電波は星間吸収の影響を受けないため、これを用いて銀河系全体の水素ガスの分布と運動が調べられるようになった。その結果、我々の銀河系にも渦巻構造があることが明らかになった。現在では電波望遠鏡の発達により、銀河系外の銀河の水素ガスの分布も調べられている。 1970年代になると、水素の21cm電波観測から得られた銀河の回転速度が銀河の外縁部近くでも遅くなっていないことが分かり、電磁波で観測される銀河の質量をはるかにしのぐ質量が銀河全体に分布していることが明らかにされた。この「見えない質量」をダークマターと呼ぶ。ダークマターの正体については様々な説が出されているが現在も明らかになっていない。 様々な形状の銀河系を初めて分類したのは、エドウィン・ハッブルである。ハッブルは、1926年に自身による観測結果からハッブルの音叉図と呼ばれる、銀河の分類図を作った。 楕円銀河:主に年老いた星により形成される。恒星の材料の水素ガスは過去に消費されたためにほとんど無く、星形成が起こっていないと考えられている。ほぼ真円状のものからかなり扁平なものまで8種に分かれる。円盤部分と中心部のバルジとの違いはほとんどない。 レンズ状銀河:渦巻き銀河に似るが円盤部に腕を持たない。中心が円形のものと端が棒状のものに分けられる。 渦巻状銀河:中心部のバルジと円盤部の違いが顕著で、円盤部には渦巻状の腕のような構造を持つ。普通の渦巻き型と(例えばおおぐま座のM51とか)、中心部を突き刺すような構造を持つ棒渦巻銀河に分けられる。中心部は老いた恒星で形成され、円盤部は比較的若く青白い高温の恒星で形成される。この渦巻銀河、棒渦巻銀河ともに星間物質も豊富で、星形成が盛んである。 不規則銀河:上記の型に当てはまらないものが不規則銀河である。大マゼラン雲や、M82などがこの仲間。不規則銀河の多くは水素ガスがとても多く、爆発的に星形成が行われていて、若い恒星が多く観測されている。銀河同士の衝突により不規則に変形したものもある。 渦巻銀河の場合、銀河本体はディスクと呼ばれる円盤からなり、中心の周りを差動回転している。ディスクには種族Iと呼ばれる恒星が多く含まれ、星間物質も多く存在する。一方、中心付近にはバルジと呼ばれるディスクよりもやや膨らんだ部分がある。バルジには種族IIと呼ばれる古くて金属量の少ない恒星が多い。ディスクやバルジの外側にはハローと呼ばれる領域が広がる。ハローには数百個の球状星団が球対称に分布し、銀河を周回している。 楕円銀河の場合には銀河本体は3軸不等の楕円体をした恒星の集団で、顕著な構造は見られない。渦巻銀河とは異なり、銀河全体としての回転運動はほとんど持たず、代わりに恒星のランダムな運動によって重力とバランスし、銀河全体の形が保たれている。楕円銀河には星間ガスはほとんど含まれていない。銀河の外側には渦巻銀河と同様に球状星団を含むハローが存在する。 1990年代以降、多くの銀河の中心に106-8太陽質量の大質量ブラックホールが発見されている。現在ではほとんど全ての銀河の中心にはこうした大質量ブラックホールがあるのではないかと考えられている。 また、銀河のハロー部分には、恒星や星間物質などの「目に見える質量」の10倍以上の質量があることが、渦巻銀河の回転運動の研究から明らかになっている。このため、ハローのことをダークハローと呼ぶこともある。この見えない質量を担うダークマターの正体については明らかになっていない。 銀河の中には活動銀河と呼ばれる激しい活動性を持つ銀河が存在する。活動銀河はその性質によってクエーサー・電波銀河・セイファート銀河・ブレーザーなどに分けられるが、全てのタイプで銀河中心核にある大質量ブラックホールが活動性の源となっているという活動銀河の統一モデルが現在では広く受け入れられている。 また、銀河団など銀河の密度が高い領域では、銀河同士の衝突・合体なども頻繁に起こる。このような衝突の最中にあると見られる銀河も多数発見されている。このような銀河同士の近接遭遇や衝突が起こると、銀河の潮汐力によって銀河内のガスが圧縮され、星形成が爆発的に起こる場合がある。このような爆発的星形成をスターバーストと呼ぶ。スターバーストが銀河全体で大規模に起こっている銀河をスターバースト銀河と呼ぶ。 宇宙の中での銀河の個数密度は一様ではなく、銀河の中には互いに重力的に束縛された数十個から数千個にわたる集団を形成しているものがある。このような銀河の集団を銀河群あるいは銀河団と呼ぶ。銀河団に属する銀河を銀河団銀河、特定の集団に属さない銀河をフィールド銀河、と呼んで区別することもある。また銀河団の中心には cD 銀河と呼ばれる非常に巨大で明るい楕円銀河が存在することがある。1990年代には、銀河団同士がさらにフィラメント状に連なって大規模構造と呼ばれる大きな空間構造を作っていることが明らかになっている。 |
[ 103] 銀河 (列車) - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8A%80%E6%B2%B3_(%E5%88%97%E8%BB%8A)
|
この項目は予定される事象を扱っています。予想を記載するなど性急な編集をせず、正確な記述を心がけてください。この内容は不特定多数のボランティアにより自由に編集されていることを踏まえ、自身の安全利害に関わる情報は自己責任でご判断ください。 「銀河」の列車愛称の由来は天体の銀河である。この愛称は東京〜大阪間で運行されている列車の他、北海道ちほく高原鉄道が銀河鉄道のイメージで命名された自社線の名称にちなみ自社路線であるふるさと銀河線で運行されていた快速列車に用いられた事例がある。 2000年代に入ってからは夜行列車の退潮の影響を受け、4〜5月の大型連休や旧盆、年末年始など一部の期間を除けば乗車率は低迷している。さらに宿泊料金の価格破壊や東京周辺〜京阪神周辺を結ぶ夜行バス路線の充実と貸切バスによるツアーバスの参入、競合による運賃の低下、さらに早朝・深夜の東京〜大阪(神戸)間の航空路線が便数を増やし、運賃も下がったことも影響している。 このため減車を余儀なくされており、車両の老朽化やA寝台・B寝台とも開放式寝台のみで個室寝台がないといったことも影響してか季節列車(臨時列車)への格下げや廃止説もたびたび浮上した。 東京〜大阪間という最も需要が見込まれる区間や上記の通り新幹線の走らない非有効時間帯を有効に利用して移動できるメリットもあるだけに、「2008年3月中旬に予定されているダイヤ改正で「あかつき」「なは」と共に廃止になる見込み」と一部報道機関で報じられた後に存続を求める声があり、大船駅の東海道線下りホームには利用を促すポスターが貼られていたが、利用者数の低迷はいかんともしがたく、2008年3月15日実施のダイヤ改正に伴って廃止されることがJR東日本・東海・西日本各社から正式に発表された。 東京・大阪に朝ちょうど良い時間に着くために、途中の停車時間を多めにとることなどで到着時刻を調整している。 利用者層は様々であるが、一般にビジネス客が多いと言われている。行楽シーズンには「ドリーム号」(「ドリーム大阪号」、「ドリーム京都号」)等の夜行高速バスを敬遠したい小さな子供を含む家族連れも多い。 東日本旅客鉄道(JR東日本)田端運転所に所属するEF65形電気機関車が牽引する。ごくまれにジョイフルトレイン「スーパーエクスプレスレインボー」の牽引指定機関車であった1118号機を使用することもある。また、全般検査前の機関車を使用することもある。 この列車は2007年現行で東海道本線をほぼ通しで運行する唯一の夜行列車であるが、この名称に収斂された1968年以前には様々な名称での列車が運行されていた。そのため本項目での沿革のみならず、東海道本線優等列車沿革も参考にされたい。 正確にはこのとき運行を再開した一等・二等車のみで組成された夜行急行列車15・16列車に「銀河」の名称を与えたのが緒であるが、戦前の“名士列車”に準えた豪華な編成があだとなって利用が伸び悩み当時まだ混雑する列車が多い中でガラガラの状態で走ることになったため批判を呼ぶことになり、1950年10月1日のダイヤ改正で三等車を連結するようになる。 1950年10月1日:ダイヤ改正により急行列車全てに愛称が与えられるようになる。このとき、前年に命名がなされなかった夜行急行列車に運行順に「明星」・「彗星」の名称が与えられる。 これ以降、純粋に夜行急行列車の増発とともに名称が与えられたため、最大時には「銀河」・「明星」・「彗星」・「月光」・「金星」・「あかつき」・「すばる」と7つの異なる列車愛称が同区間の寝台急行列車に付けられる。 1991年3月16日:ダイヤ改正により、従来JR東日本東京車掌区が車掌乗務を担当していたが「成田エクスプレス」の運行開始に伴う人員確保のため、全区間でJR西日本大阪車掌区に担当を変更。 |
ディックの銀行系キャッシング。 ディックの即日キャッシング、審査甘い、 ディックの信販系キャッシング、消費者金融比較、 ディックの申込情報サイト。