利根とは?/ ディック
[ 1381] 利根 (重巡洋艦) - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A9%E6%A0%B9_(%E9%87%8D%E5%B7%A1%E6%B4%8B%E8%89%A6)
|
利根(とね)は、日本海軍の重巡洋艦で、利根型重巡洋艦の1番艦。艦名は二等巡洋艦の命名慣例に従って、関東地方を流れる利根川にちなんで名づけられた。この名を持つ日本海軍の艦船としては2隻目。 重巡洋艦であるにもかかわらず河川名が付けられた理由は最上型重巡洋艦(当初は軽巡洋艦であり、改装後も書類上は二等巡洋艦)5番艦として計画されたためである。 後に再設計により重巡洋艦(書類上は二等巡洋艦)となるが艦名はそのまま使用された。 20.3cm主砲2連装4基8門を艦首に集中配置することによって艦尾を空け、水上偵察機搭載能力を増した独特のシルエットを持つ1万t級の重巡洋艦であり、日本海軍が建造した最後の重巡洋艦であった。最初の計画では、最上型と同じ15.5cm砲を装備するいわゆる条約型として昭和9年に起工した。しかし友鶴事件や第四艦隊事件の教訓によって計画を変更した。なお、20cm砲4基をすべて前甲板に配置する特殊な配置は、偵察装備を充実させる他に大和型戦艦の副砲を前甲板に集中する案のテストの意味も含まれていたと言われている。 三菱重工業長崎造船所にて建造され、竣工後は僚艦筑摩と共に第八戦隊を編成し第二艦隊に所属していたが、偵察能力を買われ第一航空艦隊に編入された。搭載する偵察機は、空母の攻撃隊に先立って目的地を偵察する役割があった。 1941年12月7日の真珠湾攻撃では、利根と筑摩の搭載機が第一次攻撃隊より1時間前にハワイ上空に潜入し気象や湾内の状況を報告した。その後、日本への帰還途中にウェーク島攻略作戦に参加、搭載機が偵察を行った。1942年1月ラバウル、ニューギニア攻撃を支援。2月ポート・ダーウィン空襲、ジャワ侵攻を支援。 1942年4月セイロン沖海戦に参加。搭載機がイギリスの重巡洋艦ドーセットシャー、コンウォールを発見、この2隻は空母艦載機の攻撃により沈没した。 1942年6月ミッドウェー海戦に参加。この時はカタパルトが故障し偵察機の発進が30分遅れ日本海軍敗北の一因となった。ミッドウェー海戦後アリューシャン作戦を支援。 その後ソロモン諸島方面で第二次ソロモン海戦や南太平洋海戦に参加。1943年はトラックを基地としてマーシャル諸島やカロリン諸島で活動した。 現在、能美島(江田島湾)の利根の着底した場所付近には、慰霊碑が建てられている。また、慰霊碑に隣接して、「軍艦利根資料館」があり、利根の舵輪、信号燈、コンパスなどの遺品(装備品)や精密なミニチュア模型などが展示されている。 利根型重巡洋艦は開戦の時点で最新鋭巡洋艦であり戦没まで大規模な改装はなかった。しかしながら戦時中には戦訓によりレーダー(電探)の装備と対空機銃の増備を実施している。以下にその変遷を記述するが、いずれも推定であることに注意されたい。 |
ディックの銀行系キャッシング。 ディックの即日キャッシング、審査甘い、 ディックの信販系キャッシング、消費者金融比較、 ディックの申込情報サイト。