ピエールとは?/ ディック
[ 488] ピエール瀧 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%83%AB%E7%80%A7
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『ワンサくん』の視聴をなぜか禁止していた看護師の母と、ある日突然サラリーマンを辞めてチベットに旅行に出かける父、瀧と顔がそっくりでファンに間違えられたことがあるという姉との間ですくすくと育つ[1]。生物の授業が大好きだったため高校卒業後に医療関係の専門学校に進学するも、「ドラゴンクエストII」のやりすぎで中退。映像関係の会社に一旦就職するが、退社し現在の活動に専念する。 高校時代までは野球部の活動に日々打ち込む少年であったが、ある日、友人の友人として知り合った石野卓球の部屋に来訪したとき、たまたま部屋でかかっていたニュー・オーダーの「ブルーマンデー」に衝撃を受け、そのまま直立不動の状態で最後まで聴き入ってしまったという逸話が残っている。これは以降の瀧の人生を大きく変える出来事だった。その後、石野が結成するバンド「人生」(ナゴムレコード所属)に参加し、主要メンバーとして(楽器は弾かないが)活躍することとなる。 人生の後身である電気グルーヴに参加し、既成概念にとらわれないステージ・パフォーマンスで人気を得る。また電気グルーヴや石野卓球のプロモーションビデオのディレクションも手がけている。「人生」在籍当時は『畳三郎』の芸名で活躍していたが、電気グルーヴへの参加と同時に『ピエール畳』に改名し、さらに現在のピエール瀧へと変化。現在の芸名に改名したきっかけは、レベッカのNOKKOとSHAKEが結婚した際(現在は離婚)のスポーツ新聞の記事の見出しが「NOKKO・SHAKE 結婚」という、一見すると一体何なのかわからないものだったことから、自分の『畳』という名前にも疑問を抱いたため。[1]その後ポンチョ瀧に改名すると予言していたが、現時点では未だ改名していない。ところが、2007年11月、月末までの期限つきでピエルー瀧とするとラジオで発言。 「人生」在籍当時より「楽器の弾けないミュージシャン」を公言しており、ステージにおいてかつては殿様やドラえもんの衣装で登場したり、最近のライヴステージでは着ぐるみを着て踊っているだけだったりする。筋肉少女帯、ばちかぶりなどナゴムレコード所属バンドはステージ上でいきなりお好み焼きを焼き、客に振舞うといったパフォーマンスを行う者が多数いたが、瀧はメジャーデビュー後もライヴの最中に綿菓子を作ったり、手作りピザを回したり、ろくろを回して陶芸作品を作るなどの行為を唯一おこなっていた。このように、バンドのメンバーでありながら、そのパフォーマンスは一般的なミュージシャンの概念を超越している。なお公式プロフィール上の彼の担当パートは「TAKI」と表記されている。この表記はハッピー・マンデーズのベズが担当パートを「ベズ」としたことと一致している。 しかし、実際のところは、彼の存在が無ければ電気グルーヴは成立しないとよく言われるように、作詞の多くを手がけるなど、コンセプトの面ばかりでなく音楽面においてもとても重要なポジションを担っている。サンプラーなどを使っての楽曲制作の実績も当然あり、またインスト物に傾倒していた1993年8月頃の電気グルーヴのライブでは、ROLAND VP-330が瀧の前にセットされ、実際に演奏を行っている(ファンの間では『ゴリラがシンセを弾いた夜』として有名)。また、ターンテーブルの購入は石野よりも早く(なぜか一台だけ)、かつてはDJ活動も行っていたという。作詞の言葉選びのセンスには定評があり、テレビでも共演機会の多いPUFFYの楽曲にも詞を提供している。 専門の会社に勤めていた事もあってか、映像に関する造詣が深く、電気グルーヴの活動の映像に関してのイニシアティブは基本的に瀧が取っている場合が多い。石野卓球のソロシングルのPV監督を務めた事もある。ちなみに、祖父は画家だが、瀧本人に絵心は全くないとのこと。 電気グルーヴ以外の音楽活動としては「ピエール瀧とベートーベン」(電気グルーヴ脱退後の砂原良徳も在籍)としてライヴやDVD発売などを行っている。また旧知の仲である田中秀幸とのユニット「プリンストンガ」としてもVJ活動を行っている。ナゴム時代はのちに『ボヨヨンロック』のヒットで知られる大槻ケンヂのユニット「まんが道」のステージに一時的に参加した事もあった。また1991年に瀧勝(たき まさる)の名義で演歌『人生』をリリース。瀧勝のプロデューサーは「犬」で、彼を引きつれ様々なプロモーションを行い、ABCテレビ「おはよう朝日です」にも出演した。しかし、『人生』は売れず、瀧勝は当初の予定通り「犬に噛み殺されて死亡した」という事になった。唯一ピエール瀧名義のソロ作品としては、自身が製作したビデオ作品「メカノ」のテーマ曲を作曲している。 近年では音楽活動以外にタレント、俳優、声優、ナレーターとしてテレビ番組(ドラマ、バラエティからNHK語学番組の生徒役まで)・CM・映画・ゲーム(SIREN2等)などへ出演して一般にも知名度を上げ、外出時にはレイバンのサングラスが欠かせない。石野からは「男YOU」「ポストなぎら健壱」「ネオなぎら」とも評される。ちなみに、本家なぎらとはタウンページの広告にて兄弟役で共演している。 2000年代以降は特に俳優として邦画への起用の機会が目立ち、年間に約3本ほど出演作が続く。87歳老教諭、中年サラリーマン役、やさしいお父さん役、頑固な職人役、冷徹な軍人役など、幅広い役柄をそれなりにこなしている。ベルギーの人形アニメ「パニック・イン・ザ・ヴィレッジ」の日本語吹き替えを担当した際は、一人で45役を演じた。また、ある映画でハリウッド進出を果たすものの、出演シーンが丸々カットされるという憂き目に遇っている。 その他にもプレイステーション用ゲームソフト『グルーヴ地獄V』、プレイステーション・ポータブル用ゲームソフト『バイトヘル2000』のプロデュース、漫画『虐殺!ハートフルカンパニー』『樹海少年ZOO1』原作(漫$画太郎作画)、中目黒におでん屋さんをオープンするなど、その活動の場は実に多岐に渡っている。 この記事の内容に関する文献や情報源を探しています。ご存じの方はご提示ください。出典を明記するためにご協力をお願いします。 上記の通り、高校時代は野球部に所属していた。現在もプライベートでは草野球チーム「ピエール学園」を持つ。過去に阪神タイガースのプロテストを(冷やかしで)受けたことがある。ここ数年は千葉ロッテマリーンズのファンとして千葉マリンスタジアムへ度々観戦に行っており、ある日スタジアム内で声を掛けられサインに応じた男性がTSUYOSHI(西岡剛)の兄であったことがあり、後日、TSUYOSHI本人から直接礼を言われたことがある。2005年、マリーンズが31年ぶりに日本一に輝いた際にはスポーツ報知から、いわゆる日本一に輝いた球団のファンの著名人を代表した喜びのコメントの取材を受けた。その記事には「ピエール瀧しびれたぁ」と大きく載っており、おそらく「電気」とかけているのではないかと思われる。過去のマイフェイバリットな野球選手は元阪神タイガースのバース、現中日ドラゴンズ監督の落合博満。現在は注目しているのはロッテ内竜也と語っている。 相棒の石野からは「死の匂いすらする」とのその笑いのセンスを評されている。ただ、近年の電気グルーヴはかつてよりも石野の奇行珍言が際立っており、野放しにしておくと収拾がつかなくなるため、瀧がフォローにまわる場面が増えた。1999年の「石野卓球、ピエール瀧の自宅のタンスに酔って放尿事件」はその最たるものである。一見して最もアヴァンギャルドに見えて、実は電気グルーヴきっての常識人である。ちなみに、普段は石野の事を本名の「文敏」で呼んでいる。だが、公の場で彼の事を発言するときは、わざわざ「卓球」と言い換えるといった外への気遣いを見せている。 人糞が浮いていたとは知らずに温泉につかり「いや〜さっぱりする」と言いながら顔を洗ったことがある。また、ヴェネツィア旅行中、スーツケースで路上の糞を踏んだまま気付かず「なんか臭いな」と思いながら最終日まで過ごすなど、旅先では何故か糞に縁がある。靴で糞を踏んだまま石野のプライベートスタジオに足を踏み入れた事もある。 『森田一義アワー 笑っていいとも!』のテレフォンショッキングに出演した際、タモリから軍服がキマっていて、芸能人ではかなりの軍服が似合う軍人顔といわれたことがある。ちなみにタモリが推すもう一人の軍人顔はおすぎ。ちなみに映画『ローレライ』で旧日本海軍の下士官、ゲーム『SIREN2』で陸上自衛隊の戦闘服(防弾チョッキ)を着用している。 2006年のFIFAサッカーワールドカップ開催の折には、日本vsブラジル戦を観戦するためにレギュラー番組を休んでまで現地に駆けつけるという、彼らの楽曲にもある“ニセモノフーリガン(エセ・フーリガン)”ぶりも見せている。昨今は「人生の中で最も長い時間=中年期」をポジティブにとらえ、それを謳歌するという理由でゴルフも嗜むという。 顔がそっくりな姉(巷で女装したピエール瀧本人と間違えられるほど)がいる。また、AV男優のピエール剣も彼に似ている(それが芸名の由来)。 過去にプロレスラーの高野拳磁の親族と付き合っていた事があったらしく、高野の強引な誘いに悩まされていた時期がある。 かつてはミュージシャンの中でも一、二を争う風俗好きで、浅草キッドとともにピンクサロンの体験記を寄稿した事も。風俗嬢には正体を隠すため「葬儀屋の矢島」という偽名で通していたが、一回だけ「まさか瀧さんが来るなんてね」とバレた事がある(その際、瀧はイメクラで体育教師の激しいプレーを満喫したという)。Shangri-La の発売当初に、風俗雑誌で同名の「シャングリラ」というソープランドを見つけ、面白そうだと行ってみたところ、やはり偽名があっさりバレた上に、支配人から「この度は当店の宣伝をして頂きまして有難うございました。女の子にも十分サービスするように伝えておきました」と感謝され、恐縮したこともある。[2] 『烈火の炎』などで知られる漫画家の安西信行の初期作品『R・PRINCESS −ロケットプリンセス−』には、主人公達が通う「ピエール学園」や瀧をモチーフにしたキャラクターが登場している。また、冨樫義博の漫画『幽☆遊☆白書』において「ぴええる多気」という名前の缶入りの緑茶も登場、瀧の名前をモチーフにしていると思われる。 新聞雑誌記事等では「ピエール滝」と表記される事が多い。これは、新聞での表記が基本的に「新字」に置き換えるという決まりがあるためで、同様に「萬田久子」を「万田久子」、「上岡龍太郎」を「上岡竜太郎」と表記する。なお、長嶋茂雄については、本人が「嶋」の使用を強く希望しているため、例外的に使用されている。また、よくファンレターや仕事依頼の書類で「ピエール龍」と誤記されたようで、自身もそれを話のネタにしている。 現在は既婚。娘を一人もうけ、命名『若葉』ちゃん とする。各地で親バカぶりを披露。石野からは「バカ親」とも評される。 相棒の石野は瀧の出演番組をくまなくチェックしているいちばんの瀧ウォッチャー。一般視聴者に紛れメールやFAXを投稿してきたり(選考段階で悪戯と勘違いされスタッフにボツにされる事もある)、オンエア後に瀧に直接電話をかけダメ出しを行ったりしている。また、ゲストとして瀧の番組に出演する際は、共演者そっちのけでまるで子供の様にはしゃぎまわったり、急に瀧の過去を暴露したりする為、たびたび進行役である瀧の手を煩わせている。 ゲーム好きは現在も変わらず、近年も『モンスターハンター』に没頭し年間通算のプレイ時間は500時間を越えたという。ちなみに、オンラインプレイ仲間はCM等で共演した妻夫木聡。『みんなのGOLF オンライン』では瀧も参加するWIRE杯大会が開催された。昨今はスチャダラパーのメンバーらと『ウイニングイレブン』に没頭している。 Yahoo!オークションで「宝の地図」を落札したことがある。ジョーク出品ではなくある程度まじめな出品物で出品者自身は「親子で楽しむ」などを売りにしていた。ちなみに埋まっていた宝物とはポケモンのフィギュアであった。 |