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松島とは?/ ディック

[ 1132] 松島 - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E5%B3%B6

松島(まつしま)とは、宮城県の松島湾内外にある大小260余りの諸島のこと(特定の一つの島を指しているわけではない)。または、それら諸島と湾周囲を囲む松島丘陵も含めた修景地区のこと。日本三景の1つに数えられている。松島湾内には、遊覧船が就航しており、船上より島々を眺めることができる。
松島は、仙台平野を南北に分ける松島丘陵の東端が海にまで達し、それが沈水して出来た沈降地形である。溺れ谷に海水が入り込み、山頂が島として残っている。全体として松島湾(広義)を形成し、湾内の水深は10m以浅である。
この地域の大部分の地層は第三紀層の凝灰岩、砂岩、礫岩などで出来ており、波に洗われる部分はやや容易に侵食され、白から灰白色の岩肌を見せている。特に小島では、松が生えている島の頂部よりも、海水面近くが波に洗われてえぐれており、ややキノコに似た形になっているものもある。また、侵食による奇岩や「嵯峨渓」のような海蝕崖も見られる。
このように侵食・風化作用を受け易い地層の上に松島は成り立っているため、長い間に風景も少しずつ変化してきたと考えられ、過去の松島と、現在のそれとは微妙な違いがあると考えられている。五大堂が設置されている島も海水面近くが侵食されており、将来が危ぶまれている。
松島湾(広義)は、宮城県の太平洋沿岸部に大きくある仙台湾(広義)を3つの支湾に分けた内の1つ、仙台湾(狭義)・松島湾(広義)・石巻湾の真ん中にある。他の2つは砂浜海岸が主であるのに対し、松島湾(広義)は磯を主としているが、小規模な砂浜海岸も点在している。
松島湾(狭義)は、暗礁が多くあるため、外来者にとっては航行が困難な海域である。そのため、江戸時代には伊達政宗によって暗に「軍港」と見なされ、瑞巌寺を始めとした伊達家直轄施設が暗に軍事施設として多く建設された。松尾芭蕉が、松島を始めとして仙台藩の城・要害・関所などの主要軍事施設を回っていることから、隠密説・スパイ説がある。なお、現在それらの施設は観光資源となり、湾内も観光地となっている。
南側の塩竈湾は、古くは多賀城の外港として、江戸時代以降は城下町・仙台の外港として機能し、戦後は仙台塩釜港の塩釜港区として機能してきた。現在は仙台港区に物流の中心が移動したため、塩釜港区は近海マグロを主とする漁港として機能している。なお、港に近接する山の上に鹽竈神社があるが、この神社は多賀城、奥州藤原氏、伊達氏など、この地を治めた統治者によって保護されており、信仰と並んで軍事施設(山城)としての機能も有していた。
石斛(せっこく): 野生ラン科植物で宮城県辺りが野生の北限といわれる。松島周辺では「イワタケ」の別名がある。花の開花時期は5月下旬から6月初旬で、ピンクの花が咲く。絶滅危惧種だったが、瑞巌寺境内の老杉の枝に着生している原株から増やして、現在は鉢植えの土産になっている。
松尾芭蕉が『奥の細道』で松島を訪れた際に、あまりに絶景なので句が浮かばず、「松島やああ松島や松島や」と詠んだという逸話があるが、この川柳は後世の狂歌師田原坊の作で、芭蕉の作ではないとされる。ただし、その場で句が思い浮かばなかったのは事実らしく、『奥の細道』には、同行した弟子の河合曾良の句「松島や 鶴に身をかれ ほととぎす」が掲載されている。また別の説では、句は詠んだが景色に釣り合うよいものができなかったともいわれる。
アインシュタインが訪れた際に「どんな名工の技も、この美しさを残すことはできない」と同行者に言ったとされる。
「松島」は、宮城県宮城郡松島町のJR松島海岸駅周囲、および利府町浜田地区、松島湾(狭義)のことで、伊達政宗が再興した瑞巌寺(国宝)や五大堂などの寺院、豊臣秀吉の伏見桃山城にあった茶室を伊達家が移設した観瀾亭(月見御殿)などの歴史的建造物、および湾内観光船の発着港がある。観光船からは野生のカモメが船を追って来る様子を見ることが出来る。また、土産屋・飲食店・観光旅館・ホテル・松島水族館などが立ち並ぶ松島観光の中心地である。
「塩竈」(しおがま)は、塩竈市のJR本塩釜駅周囲、および塩竈湾のことで、鹽竈神社および湾内観光船および桂島、寒風沢島などの湾内離島への発着港があり、寿司店の集中地区でもある。なお、鹽竈・塩竈・塩釜はすべて「しおがま」と読む。
「奥松島」は、仙台側から見て、「松島」のさらに先にあることからそう呼ばれる。松島湾の北東部一帯(松島町東部、東松島市旧鳴瀬町地区)を指し、日本三大渓の嵯峨渓への観光船発着港の他、近年では松島を眺める高級旅館が立地し始めた。「奥松島」の範囲は松島湾の外側にも広がっており、石巻湾側の野蒜海岸、東名浜、宮戸島(陸繋島)も含まれる。JR野蒜駅周辺がその拠点である。「松島」と野蒜をつなぐ宮城県道27号奥松島松島公園線が、海岸沿いを走るドライブコースとして知られる。松島が高級ホテルや歓楽施設が多いのに対して、民宿が多く格安で泊まれて、静かな風情を楽しめるので人気がある。なお、竹浜という鳴き砂の浜辺もあるが、保全のため立ち入り制限されている。
周囲の松島丘陵や島の高台には、「松島四大観」(まつしましだいかん)と呼ばれる修景ポイントが散在している。江戸時代に舟山万年により命名された。松島四大観に限らず、高度経済成長以降の観光ブームの時にアクセス道路・駐車場・展望台等が整備されてやや荒廃が進んだところもある。その反省から、近年は松島の風景を守る方が優先され、眺めを優先して木々を切らなくなり、観光客にはやや不満な場所もある。
「壮観」:「奥松島」にある宮戸島の小山の大高森 からみる景色(東松島市)。車でのアクセス可。松島湾の東端から西方向を眺める形となり、奥松島の島々の他、遠く船形連峰(奥羽山脈)が一望出来る。夕刻に真っ赤に染まった松島の風景写真として度々用いられる。
「偉観」:「塩竈」の東にある代ヶ崎の多聞山 からみる景色(七ヶ浜町)。北方向に塩竈湾、さらに奥の松島湾・奥松島を眺める。
「松島」にはヨットハーバーがあり、宮城県内の高校・大学のヨット部や一般客が利用している。また、近年はシーカヤックをする者も現れている。湾内各所で釣り客も見られる。
家族向けのレジャーとしては、潮干狩りや海水浴が主なものである。奥松島の野蒜海岸は波の静かな海水浴場で、JR野蒜駅から徒歩すぐにあり、水上バイクやウインドサーフィンも盛んである。
仙台市内からは利府街道経由の方が短時間で着けるが、「松島」に着くまで景色はよくない。国道45号経由では、途中「塩竈」の風景を見ながら「松島」に着くことが出来るが時間はかかる。
松島は、「海面上・湖上の松が茂っている単独の島」という一般名詞でもあるため、それが固有名詞化して日本各地に「松島」という地名がある。
他方、古来より有名な宮城県の松島 は、固有名詞としての扱いを受ける。その上で一般名詞化され、松島 と似た風景、すなわち、「海面上・湖上に大小さまざまな島や岩が散在する風景」を「松島」というようになった(類例:銀座)。この場合、島の頭部に生えている木が松でなくともよく、場合によっては木が生えていなくともよい。これは、リアス式海岸やカルスト地形と似た使い方であって、松島との優劣をいうものではない(優劣を言う例:小京都、小江戸。小松島→仙台市青葉区にある沼)。

 

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