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仁木とは?/ ディック

[ 735] 仁木町果樹観光協会
[引用サイト]  http://www1.ocn.ne.jp/~nikikaju/

ここは仁木町内の観光農園29件で作る、果樹観光振興目的の団体、仁木町果樹観光協会のホームページです。
仁木町は、北海道有数の果樹生産地帯ですくだもの狩り観光や生産直売の歴史も古く、昭和三十年代よりりんご狩りが始まっています果樹観光協会の前身である仁木町観光協会は、昭和四十六年に結成されました。
現在は会員数29名。生産直売所や観光農園としてお客様に喜んでもらえる、より良い組織を目指して努力しています。
糖尿病・高脂血症予防・・インシュリンの活性が通常の4倍になったとの実験データもあり、血液中の糖分、中性脂肪の分解が通常時の4倍も促進される。動脈硬化の予防・・果皮に多いアントシアニン、種子のまわりのタンニンは悪玉コレステロールの酸化を抑える。
他に・・生活習慣病を引き起こす不飽和脂肪酸による酸化の抑制、発ガン物質ニトロソアミンの生成を抑える機能もある。
カリウム体内の余分な塩分を排泄して減塩効果を高め高血圧の防止に効果があります。食物繊維腸の動きを活発にし便秘の解消に効果があります。動脈硬化、糖尿病、大腸癌など生活習慣病の予防に効果があります。
ビタミンA肌を美しく保つ効果があります。のどや鼻などの粘膜に働いて細菌から体を守り風邪の予防などに効果があります。*但し、タンニンは鉄分の吸収を阻害しますので、コーヒー・緑茶・紅茶と一緒に摂るのは避けましょう。
また最近の研究ではプルーンに多量に含まれている抗酸化物質(ビタミンE、ビタミンC、βカロテンなど)により体と脳の老化の進行を遅らせる働きがあることが分かってきました。
仁木町のブルーベリーは、昭和56年5月、当時の農協青年部員数名が水田からの転作作物として長野県より約10品種の1年生苗期を導入。当時国内では生食用としての商品価値、知名度が低く道内での栽培の前例もなかった。現在町内で20年生近い成木となっているものは当時導入された苗木が成長したものがほとんど。
近年、季節を感じる果物も少なくなって来ましたが、さくらんぼは6月下旬から8月上旬の限られた時季にしか出まわらない季節感あふれる果実です。宝石に例えられ「赤い宝石」「初夏のルビー」などと呼ばれたりします。桜桃(さくらんぼ)の特徴「さくらんぼ」という呼び名は、「桜桃(おうとう)」の愛称です。正式な名称は「西洋実桜(せいようみざくら)」と言います。「桜坊」「さくらんぼう」とも呼ばれます。日本では、北海道、東北地方、、長野県などが主な産地です。
仁木町の井内敏也さんは、最優秀賞と糖度賞の2賞を受賞しました。昨年に続き仁木町の果樹農家が最優秀賞を受賞しました。
仁木町には200ヘクタールの面積に10万本のさくらんぼが栽培されています。そのさくらんぼが、開花するときには町中がさくらんぼの花の香りに包まれます。例年5月初旬から咲き始め、プルーン・梨・りんごと5月下旬頃迄楽しめます。
イベント当日は、仁木町特産果樹の苗木販売や花苗販売・パンフレットの配布やさくらんぼジュースの無料配布等特典も沢山あります。

 

[ 736] 仁木町 - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%81%E6%9C%A8%E7%94%BA

町域は余市川流域とその周りの山地である。余市川は「し」の字を描くように、町の南東から入って北に抜ける。川は上流で赤井川村を流れ、下流部の河口付近は余市町中心部なので、仁木町は余市川の中流に広がっていることになる。仁木町内で両岸に1、2キロメートル幅の平地があり、最も川下にあたる町境付近では幅4キロメートルほどにもなる。その平地は、川上の大江地区までは主に水田に利用され、仁木地区では山の裾野とともに果樹園に利用されている。町の中心市街は仁木地区の仁木駅前と国道5号沿いに広がる。
余市川沿いの住所地名は川上側から、尾根内、長沢南、銀山、その川下に大江、さらに下流の平野に南町・東町・西町・北町となる。余市川下流で、平地は川の東に発達し、西は狭い。その狭い西側流域には、川上側から、然別川の合流点付近に然別、砥の川の合流点付近に砥の川、仁木町中心部と川をはさんで向かい合い旭町がある。
1879年(明治12年)11月に、仁木竹吉(にきたけよし)ら360余名が徳島県(現在の徳島県吉野川市)から集団で入植したのが和人定住の始まりで、翌年に仁木村が成立した。仁木町の名は仁木竹吉にちなむ。山口県からの移民を中心に、1883年(明治16年)3月に大江村が成立した。大江は、山口県を支配した毛利氏の先祖とされる大江広元にちなむ。1920年の人口は、5476人であった。仁木では早くからリンゴの栽培が盛んで、現在まで果樹園が広がる。一方、大江では米作りが盛んであったので、稲と林檎が町の産業の二つの柱であった。20世紀後半になるとさくらんぼ、ぶどうも加えた果樹の比重が高まった。
徳島県の川島町が仁木村を作った仁木竹吉の出身地にあたることから、1974年に姉妹町になった。川島町が合併して吉野川市の一部になったことに伴い、姉妹町関係は解消になった。
最も重要な道路は町を南北に通る国道5号で、北に余市町、小樽市を経由して札幌市に通じ、南には共和町と連絡して遠く函館市まで通じる。北の余市町の近くとは平地続きのため道路網が発達しているが、他の町村との連絡は経路が限られる。国道5号は稲穂峠の下の稲穂トンネルによって南の共和町に出る。稲穂峠に向かうため余市川を離れる国道5号からは、北海道町1022号仁木赤井川線が分岐して、なお東に余市川沿いに走り、隣の赤井川に入る。北海道道36号余市赤井川線は冷水峠によって赤井川村と余市町を結ぶもので、仁木町を通るのは冷水峠付近のごく一部である。余市川の左岸(西岸)を余市町から南に然別川まで通じるのが北海道道755号然別余市線で、この道道は北西に折れてポン然別川の上流にある然別の廃坑そばまで通じる。

 

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