のぶ代とは?/ ディック
[ 1661] 大山のぶ代 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B1%B1%E3%81%AE%E3%81%B6%E4%BB%A3
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1956年、NHKドラマ『この鐘』でデビュー。冨士眞奈美も大山と俳優座養成所の同期で同ドラマでデビューしている。声優としての印象が強いが、本業は女優である。 主としてドラえもんにおける声優業および、そのネームバリューを生かしたタレント・ゲストコメンテーターの印象が強いが、いわゆる俳優業から声優業への転向組ではなく、声優業と並行してドラマなどのテレビ番組に多数出演している。 声優業では、かつては『ハリスの旋風』の石田国松のように、高いガラガラ声でやんちゃな喋り方をする演技が特徴だった。しかし、『ドラえもん』の放送開始後、キャラクターの作画デザインが変わるに連れ、1986年後半ごろから、演技も徐々に低音でゆったりと喋る演技に変化。最終的にはこちらの演技が世間に定着し、ものまねでドラえもんの声が真似されるときも、後者の演技である。 その後、2006年11月、第11回アニメーション神戸では、その功績が称えられ、小原乃梨子ほか旧レギュラー陣4人と共に特別賞を受賞。そして翌2007年3月にも、東京国際アニメフェア2007より、第3回功労賞を(4人と共に)受賞した、同年4月からは東京都港区西新橋(御成門)にある音響芸術専門学校の校長として勤務を始めた。現在、同校において昼間部・夜間部の両方で毎週授業を担当し、直接学生の指導に当たっている。 アニメ歌手としても活躍。1980年には、EP『ドラえもん音頭』等大山が歌ったドラえもん関連のレコード売り上げが100万枚を突破し、日本コロムビアのゴールドディスクを受賞した。 現在はアニメなどへの出演は行わず、講演やタレントとしてのテレビ・ラジオ出演を中心に活動している。但し、元祖!でぶやなどのナレーション活動にて声優としての活動は続けている。 『太陽にほえろ!』の脚本を担当したこともある。主婦の立場で書いた脚本は評判であったといい、5作(共同)書いている。夫はタレントで『おかあさんといっしょ』初代体操のお兄さんでもある砂川啓介。 これまでに出版した本などで、子供を作らなかった理由について、「子供嫌いではない。しかし、自身の声がガラガラということから、もし子供もこういうガラガラ声になってしまっていじめられてしまうのはかわいそうだ」という心配から子供は生まなかったと語っている。しかし、本当は不妊で子供を2回流産している。 優れた味覚・嗅覚を持っており、水を一口飲めばそれがどこの水かを言い当てることが出来るという。そのため、水の研究家としても名の通った存在であり、旧厚生省「おいしい水研究会」、旧国土庁「水を語る女性の会」の委員も務めている。健康・カルチャー番組にもよく出演している。特に『ためしてガッテン』での出演頻度は高く、1クールに1度は必ず出演している。 『スーパーロボット大戦シリーズ』で、1977年当時に声優出演していたアニメ『無敵超人ザンボット3』の主人公の声優のオファーを断った理由は、「ドラえもんを演じている間は他の役をやらない」と過去に公言していた為としている(但し、ドラえもんを現役でやっていた頃、ラジオドラマ『封神演義』で白鶴童子の役を演じていたこともある)。 尚、『サザエさん』の初代磯野カツオ役は番組開始後3ヶ月ほどで降板しており、公式には体調不良を理由にしている。しかし、後にラジオ番組TOKYO FM『恵俊彰のディア・フレンズ』に出演した際、「あれだけは自分で降りた」と吐露している。 ワイドショーや料理番組では物腰のやわらかい喋りだが、フジテレビで放映された『快進撃TVうたえモン』で、声優オーデションのゲスト審査員として神谷明や野沢雅子らと参加した際は、辛辣なコメントを連発。辛口なコメントの数々に驚いた今田耕司から「ブラック・ドラえもん」と呼ばれる一幕もあった。 『ドラえもん』を勇退して久しいが、ドラえもんの声と聞いて大山が当てたもの(その逆も同じ)を連想する人は未だ多い。ドラえもんのガラガラ声はほぼ地声だが、若い頃は自分の声に対し、かなり思い悩んでいたという。結果的にはその声がドラえもん役に繋がることになり、またテレビ朝日版『ドラえもん』のパイロット版「勉強べやのつりぼり」アフレコ時には、原作者の藤子・F・不二雄が「ドラえもんはこういう声をしてたんですね」と励ましもこめて絶賛したというエピソードもある。 『ハリスの旋風』などの演出者から、ドラえもんの声をやらないかと誘われ、当時8巻まで出ていた単行本を買って、一晩で読んだという。大山のドラえもんのイメージとして知られるものに、「ぼくドラえもんです」のセリフや独特の「ふふふふふふ」、「シシシシシシ」という笑い声などがある。ドラえもんの物真似ではほぼ必ず使われる浸透ぶりだが、これらは実は原作では存在せず、大山がアドリブで演じたものである。 自宅には家中にドラグッズがそろっており(「ドラえもんボックス」という箱に入れている)、1999年に『徹子の部屋』に出演した際は、毎朝自分の声のドラえもん目覚まし時計で起床していると語っていた。ドラえもんの金のブローチ(腹の部分には時計つき)をつけていたこともある。ただし目覚まし時計は、勇退後に「ドラえもんの卒業」を理由にオークションに出していた。『大山のぶ代の毎日のおかず』では、表紙に大山がドラえもんのエプロンを着ている写真が載っている。 バラエティ番組等に出演した際、ゴールデンタイムではドラえもんの声を披露することははほとんどないが(クイズ番組で歌った際、ドラ声のため周りの出演者から笑いの声が漏れる一幕はあった)、一方で2006年2月にTBSラジオ深夜番組の『極楽とんぼの吠え魂』に出演した際は、ドラえもん声を披露。 また同年6月の『徹子の部屋』出演時にも、打ち明け話と共に黒柳徹子の前でドラえもんの声を披露している。その他、2007年2月15日放送のとんねるずのみなさんのおかげでした内の「ムダ・ベストテン」のコーナーでは久々にゴールデンタイムでドラ声を披露している。この他、『大沢悠里のゆうゆうワイド』には、ドラえもん声でのサウンドステッカーが存在する。 T・K・O、パラシュート部隊、林家たい平、石塚英彦など、大山のドラえもんの物真似にしていた芸人も多い。勇退後はその頻度が下がっているが、現在でも物真似をしている人物もいる。 ブロックくずしゲームの『アルカノイド』(タイトー)が大のお気に入りで、自身の別荘にアルカノイドの筐体を置いているほどである。自己記録の「およそ120万点」は、公式2位の記録に匹敵する。空港の待ち時間等で暇つぶしとして始めたのがきっかけで、それ以降ゲームセンター等を巡り回ったという。 その腕前は『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジテレビ系)のコーナー「ムダベストテン」など、バラエティー番組でも紹介し披露された。また、2007年には『アルカノイドDS』発売記念イベントに招かれ、マスコミやゲーマー達を前にその腕前を披露した。 大山のぶ代のサプライズ!(2006年9月5日に、うえやなぎまさひこが夏休みのため代役としてパーソナリティを務めた番組) ドラえもんのうた - 作詞・楠部工、補作詞・はばすすむ、作曲編曲・菊池俊輔、うた・大杉久美子、セリフ・大山のぶ代 ドラえもんのうた - 作詞・楠部工、補作詞・はばすすむ、作曲編曲・菊池俊輔、うた・山野さと子、セリフ・大山のぶ代 ドラえもんのうた - 作詞・楠部工、補作詞・はばすすむ、作曲・菊池俊輔、編曲・岩戸崇、うた・東京プリン、セリフ・大山のぶ代 JR北海道車内放送(快速海峡(既に廃止)・特急ドラえもん海底列車、共に吉岡海底駅のドラえもん広場開催時のみ) そのほか、テレビ東京の旅番組(「いい旅・夢気分」や「土曜スペシャル」など)にリポーターとして出演している。 |
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